活動休止を宣言してからズルズルと一年が経過しようとしております。
そんな調子だから、これをご覧になる方のほとんどが
事情を知っている芝居関係者の皆様でしょう。
しかし、ここは気まぐれでお越しくださった善良な一般のお客様も
いつか目にするかも知れないことを踏まえつつ綴る愛のメモリーです。

まず、ここまでズルズル遅くなった理由ですが、自分自身が
後に引けない状況になるまで大っぴらに公言するのは控えようと思ったからです。
故に今まさに後には引けない状況なのです。
別にドン詰まりでもドン底でもありません。
実はこの度、中川は東京に旅立つことが決まったのです。
つまりはそれが侠的令嬢の活動休止の主たる理由です。
僕の我がまま以外の何ものでもないのですが、侠的令嬢の旗揚げ自体が
我がままであり、また旗揚げ当初から考えていたことなので
何の不思議もない事なのです。
です。が、旗揚げ当初はここまで愛してもらえるユニットになるとは思ってなく…
いや、愛されようとは思ってました。
でも、いざとなるとその愛は想像していたよりはるかに大切で、
自分にとって切り離し難いものとなっていました。

三年ぐらいやるというのも旗揚げの時から考えていたことですが、
非常に濃厚で重みのある三年でした。
気持ちだけでは十年分やってます。
だからこその解散ではなく活動休止なのです。
情にほだされただけのことですが、情大事です。

ただ、これから先東京でどうなるか自分自身皆目見当もつかない状況なので、
侠的令嬢の再開も皆目に次ぐ皆目で見当がつきません。
もしかしたら東京で再開するかも知れませんし、すぐに都落ちして
来年辺り大阪の端で恥も知らずやっているかも知れません。
東京・大阪と又にかけれるようになるかも知れませんし、レジャーイベント企画会社に
なっていることはありません。


僕自身、演劇人としてはまだまだ若く未熟です。
本当に未熟だと思っております。
…いや、本当に。
だから、まだ余りあるであろう伸びシロを探し、成長していきたいと思うのです。

故にどういう経過をたどるにしろ、次に皆様とお会いする時には
これまでの侠的令嬢とは比較にならない代物をお出しする事を約束します。

それと
荒井はこれからも役者として関西小劇場で活動して参ります。
何か機会がありましたらどうぞお声をかけてあげてください。
よろしくお願いします。


それでは
お世話になった関係者の皆様。
そして侠的令嬢という胡散臭い団体の芝居を見に来てくださった皆様。
本当にありがとうございます。
「ございます」でございます。
僕が生きている限り必ず再開致します。
それが早いか遅いかはわかりませんが、それまでどうか心の隅の三畳一間にでも
侠的令嬢を置いてあげてください。
そこの家賃は次にお会いしたその時に10割増しでお支払いします。

長くなりましたが以上です。
すべての愛する皆々様方と再びお会いするその日まで。


侠的令嬢 主宰 中川浩六

                      2008年3月27日